この伝教(デンキョウ)大師を語るのには、日蓮大聖人の語る伝教(デンキョウ)大師像を見ていけば、どのような人物だったかを理解する近道になるかと思います。
日蓮大聖人の御書によると、伝教(デンキョウ)は、比叡山延暦寺で、止観業(『摩訶止観』を専門に修学)と遮那業(大毘盧遮那経を専門に修学)と言われるものを配置していたとのこと。そして、各業では、毎年、1人だけ僧侶を登用されていました。その僧侶たちは、たいへん厳しい修行をしてきたということです。なんと、12年間もの長きに渡り、延暦寺を下山させてもらえなかったそうです。
今の日本では、絶対に考えられませんね。なぜ、そこまでして僧侶たちは、彼の元で、このような厳しい修行したのでしょうか。それは、伝教(デンキョウ)が法華最勝を会得していたからに他なりません。彼自身、厳しい修行に耐えてきたからこそ、皆がついて教えを説いてもらいたかったのでしょう。
伝教(デンキョウ)が厳しい修行をしてきたことは、法華最勝をわかっていたのに、その信用を増すがために、あえて、中国の唐へと渡り、名前のある師匠たちから、教えを受けようとした姿からも理解できることでしょう。
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